脳裏に焼き付いて忘れられない人がいる。
彼女との出会いはいつだっただろうか。
だらしなく開け放った窓から吹いてくる風が冷たいと感じ始めるようになった時期だったのは覚えてる。確か9月の半ばくらいだったか。
その日、俺はパソコンでネットサーフィンをしながら珍しくスカイプを開いていた。本当は、間違って開いちゃってログアウトして画面閉じるのも面倒だったからそのままにしていただけなんだけど。
連絡先には中学、高校の頃の友だち、ゲーム仲間。夜中の1時過ぎということもあって皆オフラインだった。
懐かしいなあ、なんて思いながらスカイプの連絡先をスクロールていると、ふと、誰かのスカイプちゃんねるの体験記を思い出した。
その体験記を要約するとこうだ。
『通話から会うことはできたけど全然盛り上がらなくてクッッッッソつまんなかった』
俺「いっちょやってみっか」
俺の中の孫悟空がそう呟いた。クソつまんなかったって言ってる体験記を思い出して何故「やってみっか」という気持ちが生まれたかは謎ではあるけど。
その気になれば出来るみたいに思ってるあたり本当に自分を過大評価しすぎてると思う。
考えてもみろよ。どうやったらそういうエッチな雰囲気に出来るかとか分かんねーし、どうやってホテルに誘うのかとかも分かんねーじゃん。
なに、「ちょっと休憩していこう」とでも言えばお持ち帰りできるわけ?
休憩ならスタバ行けスタバ。ダークモカチップフラペチーノでもテイクアウトしてろよな。
もうこれだけで分かったじゃん。俺、こういうの向いてないじゃん。よくこんなザマで「これを機に」なんて言えたな。
だが一度エンジンの掛かった俺は止まらなかった。変なところで積極的なんだよな。
こうして俺はスカイプちゃんねるという深淵へと足を踏み入れるのだった。
トップページに現在募集をかけてる人、みたいなのが見れるんだけどひどいもんだった。
「通話でいちゃいちゃしませんか?声少し高め 関東 19 ♂」
「いじめられたい子。良い声って言われます笑 低音 関西 26 ♂」
「構ってちゃんおいで 愛媛 37 ♂」
などと募集をかけてる男性陣がわらわら。うーん!時間帯が悪いんだな!!きっと!!!!
チャットHやテレホンセッ○スの類の良さが1ミリも理解できない俺はここで吐いた。(過剰表現)
だって空しくねえ?電話越しで
♂「ここか?ここがええんか?」
♀「あんっ…きもてぃー」
ってやっても何とも楽しくないでしょ。
絶対お互い真顔だよな!?
チャットで
「挿れるよ」
「優しくしてね…///」
ってやり取りしても何も面白くないでしょ。言うまでもなく絵面は面白いけど。(辛辣)
絶対お互い真顔だよな!?!???
えっ、雰囲気を楽しめってか?
何それディズニーランドなの?チャットHってディズニーランドなの?
イマジネーション豊かすぎない??
まあでも当の本人たちはそれで幸せかもしれないしな。
そうか、これがハピネス・イズ・ヒアなんだ。
黙りますね。
何はともあれスカイプちゃんねるでは、年齢と声の高さとお住まいの地域を書くのが暗黙の了解となっているようだった。
そして俺はその暗黙の了解にのっとって
『作業しながらでよければどなたでも。年齢近い方が話しやすいかも22♂』
みたいな感じで募集をかけた。声の高さは書かなかった。いや、だっていらなくない!?!?
何分かして1人からメッセージが送られてきた。軽くやり取りして、変な子でもなさそうだったので自然と「通話しますか」みたいな流れになった。
こういうのって基本女の人って待ちの姿勢なのかと思ったけどそうでもないのかな。遅い時間帯で人が少なかったからってのもあるのかな。
ていうかまさかさっきの募集メッセージで人が来るとは。周りが派手な文言だったからあえてシンプルにいったのがよかったのかもしれない。
考えてみてほしい。周りが全裸でサンバ踊ってるなかで1人だけ浴衣を着て盆踊りしていたら逆に目立つと思うんだ。つまりはそういうことだ。
その子は今年20歳で大学2年生なんだそうな。
開始数分で彼氏と倦怠期で~とか話したり、SNOWの自撮りが送られてきたりして、初対面の男にやけにアグレッシブだなあなんて思ったりした。
ちなみにその子はダダに似ていた。
ていうかもう申し訳ないけど髪型とか完全にダダそのものだった。
広義的にはボブなんだろうけど。ああもうボブだのだダダのややこしいな。これ以降はダダと表記していく。
初対面の男にSNOWで加工してるとはいえ自撮りを送ってくるなんて間違いなくヤバいんだからその時点で無言でブロックかませばいいものを、「送られてきた以上はスルーするわけにもいかないな…」などとワケの分からない優しさを出してしまった
俺「う(わキッツ。えっ、ダダじゃん……)、かわいいじゃん」
ダダ「もうお世辞やめてよ~~」
「キッツいわ」なんて失礼なことを言えるわけもなく。またもや変な優しさを出してしまいました。(猛省)
こうしてまた謎に自分の容姿に自信をつけたダダという恐ろしい怪獣がインターネットに放たれることになった。
ていうか気づけば、いつの間にかお互い敬語も外れていた。なんで俺はダダと打ち解けてんだろう。自問自答しそうになってたところでダダが軽いジャブを仕掛けてきた。
ダダ「ねえ、プリクラとかないの。私だけ見せんのフェアじゃなくない?」
このダダ、自分から勝手に見せておきながら何言ってんだ。
大して興味もなくて可愛くもない、初対面、しかもダダに迫られることがこんなにも恐ろしいことだとは思いもしなかった。
スペシウム光線が撃てたら放ってるところだ。
なんとかのらりくらりとダダの顔見せてよ攻撃を躱していると飽きたのか「もう寝るね」と言ってダダは通話を終了した。
その後、怖かったので俺はダダを静かにブロックした。
今度はゴモラあたりに当たりそうなので俺はもうスカイプちゃんねるはいいや…