彼女「虚無ライスが食べたいなあ♡」
自慢じゃないけど、耳はいい方だと思う。
小さい頃から聞こえは良かったし、直近の健康診断の検査でも両耳ともにAだった。
普段イヤホンをする時だって大きすぎないくらいの音量、外界の音がギリギリ聞こえるくらいの音量にして耳に最大限の気を遣ってる。
それにモスキート音だってまだ聞こえてるんだ。
そういうところを踏まえた上で問わせてください。
『虚無ライス』って何…?
↓俺の脳内イメージ画像↓
確実に虚無ライスって言ったよな、今。
なに、俺が知らないだけで今流行ってるの?虚無ライス。
タピオカのノリで今20代女性の間で流行ってたりするの?
インスタの投稿、虚無ライスで埋まってる?
彼女の表情をチラッとうかがう。
キラキラと輝いた瞳でこっちを見ている……!
それはもう『当然虚無ライス知ってるよね?』という『圧』に他ならなかった。
俺が虚無ライスを知っているという前提で話を進めていやがる。
くそ、ここは見栄を張ってでも虚無ライスを知ってる体で行くべきか……?
「あー、はいはい。アレね、虚無ライスね」って相槌打っとくべきか?
待て待て待て。
仮に知ったかぶりでその場を乗り切ったとして、そこから先はどうするんだ、俺。
俺は実物を見たこともなければ、作り方すら知らないぞ。
虚無ライス、言葉のイメージだけで作るっていうのか。
和の虚無ライス。
中華の虚無ライス。
クソ!!!!ダメだ!!!
言葉のイメージだけでは無理がある。
こんなのただの皿じゃねーか!!!!
いや、敢えてのこれか?
これがいいのか?
ただの『皿』を『虚無ライス』と名付けることに趣を感じてる……?
いや、そんなワケがない!!だって彼女は「作って」って言ったんだぞ!!?
そこには何かしらの作業の工程がある、と考えた方が自然だろう。
……もうダメだ。分かんねえ。
いっそのこと「虚無ライスって何?」って聞いたほうが早い気がするぞ。
でも俺は心配なんだよな。
「え、虚無ライス知らないの?ダサっ笑」
ってならないか心配なんだよ。
流行を微塵も知らない男だと思われて愛想を尽かされないかが心配なんだよ。
……いや待て、違うぞぽぽすこ。知らないことは恥ずかしいことじゃない。よく言うじゃないか。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、って。
今、必要なことは見栄を張ることじゃなくて、彼女の要望に応えること。
晩ご飯に虚無ライスを作ることじゃないか。そこを履き違えちゃいけない。
俺は意を決して彼女に問い返した。
俺「……きょ、虚無ライス?」
彼女「今 日 オ ム ラ イ ス が い い」
俺「はい」
今日の晩ご飯はオムライスにしました。